言葉の花園

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「雪国のひなのまつりに届きたる桃の花束凍りていたり」鳥海昭子 3月3日の桃の節句・ひな祭りに寄せて

3月3日は桃の節句・ひな祭り

 

誕生花はモモ 花言葉は気立ての良さ

 

☆彡雪国のひなのまつりに届きたる桃の花束凍りていたり

 

雪国ではひな祭りの時期でも零下になることがあります。

 

届いたピンクの花びらが凍ってほろほろこぼれるのでした。

 

贈っていただいた方に申し訳なく思いました。

 

鳥海昭子

 

ラジオ深夜便誕生日の花と短歌365日 (ステラMOOK)

ラジオ深夜便誕生日の花と短歌365日 (ステラMOOK)

 

 

誕生日の花と短歌365日より一部抜粋

 

 

☆彡桃の節句(上巳の節句
3月3日。女の子の健やかな成長を願う節句

元々は「上巳(じょうし・じょうみ)の節供」といわれていました。
 
起源は古来中国の上巳節。上巳とは、3月最初の巳の日という意味です。
中国では、上巳(じょうし・じょうみ)の日に、川で身を清め、不浄を祓った後に宴を催す習慣がありました。
これが平安時代日本に伝わり、宮中の「人形遊び」と結びつき「流し雛」へと発展したといわれています。


雛祭り(ひなまつり)は、日本において、女子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事。
ひな人形(「男雛」と「女雛」を中心とする人形)に桜や橘、桃の花など木々の飾り、雛あられや菱餅などを供え、白酒やちらし寿司などの飲食を楽しむ節句祭りである。

 


雛祭り (京雛・八段、久月) -Japanese Dolls' (Girls') Festival-

種類
内裏雛(だいりびな)
名称は親王(男雛 - だいり雛、女雛 - 雛人形)。親王親王妃を表すとされることが多い。繧繝縁(うんげんべり)の厚畳の親王台が敷かれる。お内裏様、お雛様、いずれも男雛と女雛の2人で一対を指すものであり、男雛のみを「お内裏様」、女雛のみを「お雛様」と呼ぶのは誤りである。
この誤用はサトウハチローが作詞した童謡「うれしいひなまつり」の歌詞から広まった。サトウハチロー自身はこの誤りを恥じ、後々まで気にしていたという。

三人官女(さんにんかんじょ)
宮中に仕える女官をあらわし、通常3体1組の人形を二段目に配置する。手に持つ道具は、中央が島台または三方、向かって右に長柄(ながえ)、左には提子(ひさげ)、高坏がある例では各女官の間に飾る[8]。

●五人囃子(ごにんばやし)
能のお囃子を奏でる5人の楽人をあらわし、三段目に配置する。向かって右から、謡(うたい)、笛(ふえ)、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)、そして太鼓(たいこ)の順であり、右から楽器が小さい順番に並んでいる。能囃子の代わりに「五人雅楽」の楽人の場合もあり、向かって右から、羯鼓(かっこ)、楽太鼓、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、横笛の順に並べる[9]。中性的な容姿だが、れっきとした男性である。

随身(ずいじん、ずいしん)
四段目に配置する。通称:右大臣と左大臣。向かって右が左大臣で年配者、向かって左が右大臣で若者である。いずれも武官の姿であり、正しくは近衛中将または少将である。随身・矢大臣も参照。

●仕丁(しちょう)
従者と護衛(あるいは衛士)をあらわし、通常3人1組の人形を五段目に配置する。それぞれ、日傘をかざしてお供する係、殿の履物をお預かりする係、雨をよける丸い笠(かさ)を竿(さお)の先にのせてお供する係を分担している。向かって右から立傘(たてがさ)、沓台(くつだい)、台笠(だいがさ)の順に飾る。場合によっては、箒、塵取、熊手を手にすることもあり、宮中の清掃の役目をする。この時は向かって右から竹箒、塵取、熊手の順に飾る。怒り、泣き、笑いの表情から、三人上戸(じょうご)の別称もある。月代を剃っていることが多い。

 


お雛様の七段飾りの飾り方。画像付きで簡単に解説します。

メーカーによる追加
七人雅楽上記の五人雅楽に絃楽器の2人(和琴、箏、琵琶のなかから2つ)が加わる)
歌人柿本人麻呂小野小町菅原道真
能の鶴亀、
稚児(2人が多い、男雛女雛に近侍)
三賢女(紫式部清少納言小野小町

配置
三人官女以下のその他大勢の随臣、従者人形を「供揃い」という。現代日本では男雛を右(向かって左)に配置する家庭が多く、結婚式の新郎新婦もそれに倣っているが、人形の配置の仕方は下記のとおり近代前後で変化があり、それが現在も地域差として残っている。

壇上の内裏雛は内裏の宮中の並び方を模している。かつての日本では「左」が上の位であった。人形では左大臣(雛では髭のある年配の方)が一番の上位で天皇から見ての左側(我々の向かって右)にいる。ちなみに飾り物の「左近の桜、右近の橘」での桜は天皇の左側になり、これは宮中の紫宸殿の敷地に実際に植えてある樹木の並びでもある。明治天皇の時代までは左が高位というそのような伝統があったため天皇である帝は左に立った。西日本の一部ではこの配置を続けている家庭もある。

しかし明治の文明開化によって日本も西洋化し、その後に最初の即位式を挙げた大正天皇は西洋に倣って右に立った。それが皇室の伝統となり、昭和天皇はいつも右に立ち香淳皇后が左に並んだ。それにならい、男雛を右(向かって左)に配置することが一般的となった。

飾り方
飾り方にも全国各地で色々あるが、多くはこの3種の飾り方である。しかし、特に飾り方に決まりごとはない。
御殿を模しての全部の飾り方(段飾りなどを含む)
御殿の内の一室を拝しての飾り方
屏風を用いて御座所の有り様を拝しての飾り方
さらにはお囃子に使う楽器や、雪洞(ぼんぼり)、牛車などの家財道具を一緒に飾ることもある。上段の写真にあるような五段、七段(七段飾りは高度経済成長期以降、八段飾りはバブル期以降)の檀飾りが多かったが、最近では部屋の大きさに合わせたり雛人形を出し入れしやすいように段数を減らしたものが主流となっている。戦前までの上方・京都や関西の一部では天皇の御所を模した御殿式の屋形の中に男雛・女雛を飾り、その前の階段や庭に三人官女や五人囃子らを並べ、横に鏡台や茶道具、重箱などの精巧なミニチュアなどを飾っていた。
祭りの日が終わった後も雛人形を片付けずにいると結婚が遅れるという話は昭和初期に作られた俗説ともされ、旧暦の場合、梅雨が間近であるため、早く片付けないと人形や絹製の細工物に虫喰いやカビが生えるから、というのが理由だとされる。また、地域によっては「おひな様は春の飾りもの。季節の節できちんと片付ける」など躾の意味からもいわれている。
この行事に食べられる食品に菱餅、雛あられ、鯛や蛤の料理(吸い物等)、ちらし寿司があり、地方によっては飲み物として白酒、生菓子の引千切がある。

雛人形の生産地・販売地
関東地方に集中しており、生産地としては埼玉県のさいたま市岩槻区が有名。また栃木県の佐野市や埼玉県鴻巣市も小規模ながら生産店が存在する。販売に関しては全国の商業施設で販売されているが、集中して軒を連ねるのは、人形の問屋街である東京都台東区浅草橋駅周辺(浅草橋・柳橋など)が有名で、「人形の久月」「秀月」「吉徳大光(「顔が命の〜」のCMキャッチコピー)」らの専門店がある。これらの店舗は毎年正月から2月ぐらいにかけテレビCMを流す。ちなみに雛人形と共に手掛ける五月人形も3月3日以降にCMが流れる。

●雛祭りが祝日でない理由
江戸時代、雛祭りは「五節句」のひとつとして「祝日として存在した」とされる。しかし、1873年新暦採用が「五節句(=雛祭り)」の祝日廃止となって、さらに「国民の祝日」より「皇室の祝日」色が濃くなった。このため、戦後になって新たに祝日を作ろうとする動きが見られるようになる。祝日制定にあたり3月3日の案や、新年度の4月1日の案も出ていたが、最終的には5月5日の端午の節句を祝日(こどもの日)とする案が採用された。北海道・東北をはじめ寒冷で気候の悪い地域の多い時期を避け、全国的に温暖な時期の5月にしたというのが大きな理由のひとつとされる。

●特色ある雛祭り
各地で、大量に雛人形飾りを公開したり、特色ある飾りを飾ったり、少年少女、又は成人の男女が雛人形に扮したりする祭り等が、この期間中に開催される。

●雛祭りを歌った楽曲
うれしいひなまつり(童謡、作詞:山野三郎(サトウハチロー)、作曲:河村直則(河村光陽)、1936年 ポリドール)
ひなまつり(童謡、作詞:海野厚、作曲:三宅延齢)
おひなまつり(童謡、作詞:斎藤信夫、作曲:海沼実)
ひなまつり(童謡、作詞:斉木秀男、作曲:三宅延齢)
ひなまつりの歌(童謡、作詞:与田準一、作曲:河村光陽)
おひなさま(絵本唱歌、作者不明)
血塗られたひな祭り(人間椅子
ミニモニ。ひなまつり!/ミニ。ストロベリ〜パイ(ミニモニ。
雛祭(文部省唱歌、作者不明)
ひなまつり(文部省唱歌、作詞:林柳波、作曲:平井康三郎)
雛祭り(童謡、作詞:林柳波、作曲:本居長世
ひなまつり(童謡、作詞:水谷まさる、作曲:小松清)
雛祭の宵(ひなのよい、童謡、作詞者不詳、作曲:長谷川良夫)
雛の宵(長唄、作詞:松正子(松本白鸚夫人)、作曲:今藤政太郎)
雛の宵(清元)

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